• 日々お酒の事を色々考えているので、それらについて書いていこうと思っています。折角買ったワインを持ち込めるお店、ロマネコンティとか5大シャトー等ではなく(勿論飲める機会があれば嬉しくて書きます)、もっと身近にあるワインとビールの事や、食べ歩いたお店を書いていきます。増税前の値段の場合もありますのであしからず。

ちょっと前には安いからと言って気軽に飲んでいたワインがこんなに高価になるとは思いもよらなかったパヴィヨン・ブラン・デュ・シャトー・マルゴー

美味しいとは思いますが、元々の値段を知っていると今の値段ではとても購入できません。
バブル前にもっと購入しておけばよかったと後悔。

ワインデータ

ワイン名:Pavillon Blanc du Ch. Margaux
生産地:France > Bordeaux > Haut Médoc > Margaux
生産者:Ch. Margaux (シャトー・マルゴー)
品種:Sauvignon Blanc (ソーヴィニヨン・ブラン)
スタイル:White Wine

ワイナリー

シャトー・マルゴーが歴史上最初に文献に登場するのは12世紀のことである。
当時は「ラ・モット・ド・マルゴー」の名で呼ばれていた農園であった。
アキテーヌは百年戦争終了時までイングランド王領であり、獅子心王リチャード1世はボルドーワインを日々の飲用に取り入れた。
この時代にシャトー・マルゴーは数々の貴族の所有となったが、1570年代にピエール・ド・レストナックという貴族が所有者となったことが一つの転機となった。
メドックがワインの産地として発展すると予測したド・レストナックは、1572年から1582年の間にシャトーの穀物畑を縮小してブドウ畑を増やし、ワインの生産に力を入れ現在のシャトーの礎を築いた。

18世紀初めまでにシャトーの敷地は現在と近い広さにまで拡大した。
18世紀はワインの醸造技術が大きく進歩し、現代の製品に近い、濃厚で複雑な味わいを持ち、長年の熟成にも耐えるワインが誕生した時代であった。
シャトー・マルゴーでもブドウの収穫や土壌の改良に革新的な技術が導入された。
そしてルイ15世の治世、愛妾ポンパドゥール夫人がシャトー・ラフィットを宮廷に持ち込むと、その次の愛妾デュ・バリー夫人はシャトー・マルゴーを宮廷に持ち込み愛飲したのである。

18世紀末期、シャトーは大富豪ジョゼフ・ド・フュメルと娘のマリー・ルイーズの所有となったが、この親子はフランス革命のあおりを受けてギロチンにかけられ、シャトーは革命政府に没収された。
1801年、シャトーはド・ラ・コロニラ侯爵の手に渡った。
ド・ラ・コロニラは当時一流の建築家ルイ・コンブに依頼し、エチケットの絵柄ともなっている壮麗なギリシア神殿風のシャトーの建物を1815年に完成させた。

19世紀半ばのフランス第二帝政の時代にシャトーの所有者となったのは、皇后ウジェニーの侍女も務めたスコットランド人女性エミリー・マクドネルであった。
1855年のパリ万国博覧会の際に皇帝ナポレオン3世の指示でメドックのワインの格付けが実施されたとき、シャトー・マルゴーはブラインドテイスティングで唯一20/20点を獲得し、シャトー・ラフィット、シャトー・ラトゥールに次ぐ第1級第3位にランクされた。
第二帝政の時代、蒸気船や鉄道といった輸送手段の発達、自由貿易体制の確立、イギリスにおける需要拡大などの要因により、ボルドーワインは黄金時代を迎えた。
だがエミリー・マクドネルはナポレオン3世の失脚により、ウジェニーと共にイギリスへ亡命した。

1934年、シャトーはボルドーのネゴシアンであるジネステ家の所有となった。
ジネステ家はセカンドラベルを導入したり、ブドウ畑を拡大したり、醸造設備への投資にも熱心に取り組んだ。
しかしシャトー・マルゴーは1960年代から1970年代にかけて一時期その名声を落としてしまう。
そしてジネステ家は1973年から1974年の「ワインの大暴落」の際に大きな損失を出した。

1976年にジネステ家からシャトーを買い取ったのはギリシャ人アンドレ・メンツェロプーロスであった。
彼は各国での事業で財を成し、フランス人女性を夫人としてフランスでもスーパーマーケット「フェリックス・ポタン」を買収した実業家であった。
ボルドー大学の醸造学者エミール・ペイノーを技術顧問に迎え、シャトー・マルゴーの名声を取り戻していった。
1980年に亡くなり、2006年現在、シャトーは娘のコリーヌ夫妻と総支配人ポール・ポンタリエの手によって運営されている。

このワインは

19世紀に「ソーヴィニヨンの白ワイン」として販売され、1920年からは「パヴィヨン・ブラン・ドゥ・シャトー・マルゴー」として存在するこのワインのラベルは、新たな法律情報を除いては、当時から変わっていません。
12ヘクタールのブドウ畑には、ソーヴィニヨン・ブランのみが植えられています。
現在、この畑は、1955年の公式境界画定の際に春の霜のリスクが高かったことから、マルゴーのアペラシヨンを維持しなかった非常に古い区画の中にあります。
パヴィヨン・ブラン・ドゥ・シャトー・マルゴーは、楢の木でつくられた大樽の中で7ヵ月~8ヵ月熟成されたのち、ボトルに入れられます。
若いパヴィヨン・ブランの味は驚きを超えるものです。
繊細さ、複雑さ、豊かさと味や香りが長続きするという特徴は、100%ソーヴィニヨンでつくられたワインにとってはずば抜けたものです。
まだワインが若いにもかからわらず、すぐに飲みたいと思う欲望に駆られてしまいます。
しかしながらパヴィヨン・ブランの熟成は非常に良好で、30年以上に渡り良く熟成し続けることもあります。
アロマはより繊細にとろけるようになり、上品になっていきます。

2011年の収穫は1893年以来最も早い時期でした。
夏中旬にブドウが熟すと日が最も長く暑いことが多いため、バランスの取れていないアルコールが豊富なワインになり、酸味が低く果実味が不足します。
7月と8月の涼しい気温のおかげで、バランスが保たれただけでなく、素晴らしいヴィンテージのバランスでした!
2011年は、2010年とまったく同じ系統とレベルの壮大なブランです。
この結果はもちろん非常に厳密な選択の成果です。
収穫量の3分の1以下が、最終ブレンドのために保持されましたが、昨年と同じ割合です。
実際2009年、2010年、2011年の3つの最新ヴィンテージは、おそらくこれまでに生産した最高のヴィンテージです。

テイスティング

リンゴや少し青い香り。
ミネラル感があり、花の様な余韻も感じられる優雅な白ワイン。
以前飲んだ時はこんなものかと思ったのですが、少しは自分が大人になったからでしょうか。
しかし若かりし頃に1万円もしなかったワインがこんな値段になるとは。

飲んだ日:2014-08-08
飲んだ場所:エノテカ
価格:35,000円
インポーター:エノテカ


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