飲んだワイン シャトー・ムートン・ロートシルト2004 9点
久しぶりに飲んだシャトームートン。
やや軽い感じもありながら、相変わらず良い出来栄え。

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ワインデータ
ワイン名:Ch. Mouton Rothschild
生産地:France > Bordeaux > Haut Médoc > Pauillac
生産者:Baron Philippe de Rothschild (バロン・フィリップ・ド・ロートシルト)
品種:Cabernet Sauvignon (カベルネ・ソーヴィニヨン), Merlot (メルロ), Petit Verdot (プティ・ヴェルド)
スタイル:Red Wine

ワイナリー
18世紀、ムートンの畑は、ラフィットやラトゥール同じく、「葡萄の王子」との異名を取ったニコラ=アレクサンドル・ド・セギュール侯爵の所有にありました。その後、ド・ブラーヌ男爵が所有権を獲得し、ブラーヌ=ムートンと命名。1853年、名家ロスシルド家のイギリス分家に属するナタニエル・ド・ロートシルト男爵が所有権を取得し、現在のシャトー・ムートン・ロートシルトの名称が誕生します。ワインの品質評価は高まる一方でしたが、歴代所有者らがこの貧しい地方に足を運ぶことはまずなく、長年にわたってムートンはほとんど関心を持たれずにいました。そんな中、1922年、ナタニエル男爵の曽孫にあたる弱冠20歳のフィリップ・ド・ロートシルト男爵がドメーヌを承継し、自らの生涯をドメーヌに捧げることになる、これはまさに好機の訪れだったのです。
1853年ナタニエル・ド・ロートシルト男爵は、自らの来賓にプライベートワインを振る舞いたいと願い、シャトー・ブラーヌ=ムートンを競売で落札します。
ワイナリーはメドックの中心、ポイヤック村に位置し、以後「シャトー・ムートン・ロートシルト」と改名されます。
1924年フィリップ・ド・ロートシルト男爵は、1922年にドメーヌを相続します。ナタニエル男爵の曽孫にあたる人物です。
その2年後、フィリップ男爵はシャトー完全ボトル詰め(元詰め)システムを課します。
ワインは樽に詰められた状態でネゴシアン(ワイン商)へ出荷されていた時代のことです。
同年、フィリップ男爵はシャトーのラベル制作をジャン・カルリュに依頼します。こ
れは若干時期尚早だったのでしょうか、翌年は継続されませんでした。
1926年シャトー元詰めへの転換には、ワイン保管面積の拡大を要しました。
1926年、ムートンが誇る「シャトー」が建設されます。
全長100メートル、建築家シャルル・シクリスの作品です。
1933年メドックの伝統に則り、1933年、フィリップ男爵はポイヤックの小さなワイン商社を買収します。
現「バロン・フィリップ・ド・ロートシルト社」の前衛です。
同社はムートン・カデ(1930年発売)を中心とするワイン生産・販売を事業とし、現在では、AOCボルドーワインの世界トップブランドに成長しています。
1945年フィリップ男爵は、連合軍の勝利とムートンへの自らの生還を祝して、芸術家フィリップ・ジュリアンにムートン・ロートシルトのワインラベル制作を依頼します。
「Victory」のVの文字がボトルを飾り、称賛を浴びます。以後毎年、現代美術家がムートンのために制作したオリジナル作品が、その年のワインラベルを飾っています。
1962年当時のフランス政府文化大臣、アンドレ・マルロー列席のもと、 「Musée du Vin dans l’Art(芸術の中のワイン・ミュージアム)」が開館します。
これはフィリップ男爵と2度目の妻ポーリーヌ夫人による立案で、夫人は特に高い感性と独創性で知られた方です。
グラン・シェに隣接する同美術館は、ブドウとワインをテーマとした様々な時代の優品を所蔵しています。
1973年フィリップ男爵の長年の尽力により、1855年の格付評価の不当性が認められ、シャトー・ムートン・ロートシルトはプルミエ・クリュ・クラッセ(格付第一級)に昇格します。
当時の農業大臣ジャック・シラク署名のデクレ制定により、ムートンは、本来属するべきエリート集団への仲間入りを公式に果たしました。
1981年フィリピーヌ夫人は、フィリップ・ド・ロートシルト男爵のひとり娘です。「Mouton Rothschild – L’Art et l’Etiquette(ムートン・ロートシルト – 芸術とワインラベル)」巡回展は、夫人自らが企画運営し、プルミエ・クリュのラベルを飾ったアート作品の原画が一般に公開されています。
同コレクションは、これまで世界各国40以上の美術館で展示され好評をいただいています。
1988年フィリップ男爵の死後、フィリピーヌ・ド・ロートシルト(バロネス)男爵夫人は、子供たち3人(カミーユ、フィリップ、ジュリアン)とともに至宝ワイナリーを承継します。
これは同時に重大な責務を負うことを意味します。
人気舞台俳優としてのキャリアに終止符を打ち、演劇界を去り、父上の事業を継ぐ決断に迷いはありませんでした。
こうして、夫人はバロン・フィリップ・ド・ロートシルト社の監査役会会長に就任しました。
1991年、シャトー・ムートン・ロートシルトは、エール・ダルジャンの初回ヴィンテージを発表します。
1980年初頭、ムートン・ロートシルトの畑内に7ヘクタールの白ブドウ畑(57%セミヨン、42%ソーヴィニヨン、1%ミュスカデル)が植樹整備され、その区画から生まれる上質な辛口白ワインです。
1993年フィリピーヌ夫人は、セカンドワイン、ル・プティ・ムートン・ド・ムートン・ロートシルトを販売します。
すぐさま市場の支持を得ます。通常は若株ブドウ樹を精選し、グラン・ヴァン同様に入念な造りのワインです。
2003年シャトー・ムートン・ロートシルトは150周年を迎えます。
慣例を逸し、フィリピーヌ男爵夫人はこの年のラベルを祖先ナタニエル・ド・ロートシルト(1812年〜1870年)に捧げます。
1853年5月11日にムートンの所有権を取得した人物です。ラベルにはナタニエル男爵の当時の肖像が飾られています。
背景にはドメーヌ購入証書。
この文書は現在もムートンの資料庫に大切に保管されており、ロートシルト家とボルドーのグラン・ヴァンを結ぶ、壮大な恋愛物語の幕開けを意味します。
2006年9月28日、ビバリーヒルズのクリスティーズで開催された競売に、1945年ムートン・ロートシルト12本が登場し、29万USドルで落札されます。
同じく同ヴィンテージのマグナムボトル6本は、34万5000USドルで落札されています。
1945年シャトー・ムートン・ロートシルトはこれにて「世界で最も高価なワイン」の称号を手にします。
2012年新醸造庫が誕生します。
舞台装飾家リシャール・ペドゥッツィとボルドーの建築家ベルナール・マジエールに建築統括が任され、フィリップ・ダリュアン(一族所有シャトー代表取締役社長)との協議の上、 設計・施工を手掛けています。
伝統と技術革新が見事に一体化した豪華設備で、2012年から実生産を開始しています。
併設のテイスティングルームからはブドウ畑の眺望が楽しめます。
2014年フィリピーヌ夫人は、ロートシルト一族企業および一族所有ワイナリーにさらなる輝きを与え、生涯をかけてその名声を高める努力を続けてこられました。
そして、完全なる近代化を果たし、見事に拡大整備されたムートンを残してこの世を去られました。
現在は、夫人の子供たち3人(カミーユ・セレイス、フィリップ・セレイス、ジュリアン・ド・ボーマルシェ)がシャトーの所有権を共有し、常に秀逸性の追求に尽力されたお母様の精神をしっかりと受け継いでいます。
この強い思いを軸として、3人さらなる固い絆で結ばれています。
これまで同様、優れた手腕を発揮し偉大なるプルミエ・クリュの運営を行なうべく、長女カミーユおよび次男ジュリアンは、バロン・フィリップ・ド・ロートシルト社の監査役会会長を務める長男フィリップの全面的サポートにまわっています。

このワインは
シャトー・ムートン・ロートシルト 2004
気候条件 (Climatic conditions)
2004年は、年間降水量がわずか 560 mm と、1962年以来最も乾燥した年として記憶に残り続けるでしょう。
干ばつの傾向は冬の間に始まり、春から夏にかけても続きましたが、8月にいくらかの降雨があったことで、葡萄の木に必要な水分が供給され、ヴェレゾン(色付き・成熟期)が促されました。
9月の素晴らしい天候により、メルロは完全に成熟することができ、9月29日に収穫が始まりました。葡萄はポリフェノールが豊富で、優れた糖度を示していました。
この極めて有望なヴィンテージが持つ、すべてのアロマの可能性を最大限に引き出すため、残りの収穫は遅らせる措置が取られました。
最も優れた区画のカベルネ・ソーヴィニヨンの収穫は、格別な晴天と平年を上回る気温の中で再開され、10月15日にすべての収穫が完了しました。
収穫:9月29日 〜 10月15日
葡萄品種比率:カベルネ・ソーヴィニヨン:69%、メルロ:15%、カベルネ・フラン:13%、プティ・ヴェルド:3%
ラベルのアートワーク:ウェールズ公チャールズ皇太子殿下
2004年は、1904年4月8日にイギリスとフランスの間で結ばれた「英仏協商(アントワント・コーディアル)」の100周年(センテナリー)にあたるため、私たちの記憶の中で特別な位置を占めています。
国王エドワード7世はこの協定において卓越した役割を果たしたことで知られており、これがのちの第一次世界大戦における真の同盟の先駆けとなり、かつて競い合っていた二大国を、自らの意思で結ばれた姉妹国へと永遠に変貌させることになりました。
英仏関係におけるこのような重要な節目を記念して、2004年には数多くの祝賀行事が行われ、両国の国家元首による公式訪問で最高潮を迎えました。
フィリピーヌ・ド・ロートシルト男爵夫人が、才能ある芸術家でありエドワード7世の直系の子孫でもあるウェールズ公チャールズ皇太子殿下にアプローチされたのも、まさにこうした精神からでした。
皇太子殿下は、英仏協商を記念し、フランスの風景からインスピレーションを得たご自身の水彩画の一点を、ムートン・ロートシルト 2004のラベルのアートワークとして使用することに同意されました。
さらに殿下は、ご自身の直筆で「英仏協商の100周年を記念して — チャールズ、2004年(To celebrate the 100th Anniversary of the Entente Cordiale – Charles, 2004)」という言葉を書き添えられています。
紺碧の空を背景に堂々と立ち、大地の奥深くへと根を張る、この芸術家(皇太子殿下)によって描かれた松の木々は、太陽と大地の常に豊かな結びつきの結晶である「葡萄の木」の姿そのものを映し出しているのです。
テイスティング
深みのあるルビーからパープルを帯びた濃厚な色調。
ブラックチェリーやダークチェリー、プラム、クレーム・ド・カシスといった凝縮した黒系果実が豊かに広がり、リコリスやシダー、鉛筆の削りくずを思わせるクラシックなボルドーらしいニュアンスが重なります。
さらにエスプレッソやトーストしたオーク、スモーク、グリルハーブ、タバコ、ほのかな塩漬け肉の香りが幾層にも折り重なり、熟成由来の複雑なアロマを形成しています。
口に含むと、上品で滑らかなアタックから始まり、凝縮した果実味がゆっくりと広がります。
ブラックチェリーやプラム、カシスの豊かな果実味を、しなやかな酸が美しく支え、ワイン全体に鮮やかさと品格を与えています。
ミディアムからフルボディの豊かな骨格を持ちながらも、過度な重厚感はなく、果実の純度が際立つ洗練されたスタイルです。
メルロー由来のしなやかでジューシーな質感が全体を包み込み、きめ細かなタンニンがエレガントなストラクチャーを形成しています。
中盤にはリコリス、エスプレッソ、スモーク、グリルハーブ、シダー、鉛筆の削りくずといった複雑な風味が現れ、クラシックなボルドーらしい風格を存分に感じさせます。
飲んだ日:2017-01-18
飲んだ場所:ワイン会
価格:58,000円(当時)
インポーター:徳岡